2026/9/5(土)
かねてより温めていた、御神楽沢~大鳥沢~滝ノ沢左俣~水頭沢の未丈ヶ岳周回の沢旅に出る。
集中山行だという古巣のぶなの会PTに挨拶して、7時に出発。泣沢は朝日が差し込んで美しい。黒又川本流に出ると水勢が強い。深い淵を泳ぎで突破しようとするが、我に返り左岸に上がるとしっかり踏み跡があった。踏み跡を辿って御神楽沢へ。御神楽沢はまさしく癒しの流れだ。



未丈ヶ岳の頂に至る大沢を分け、二俣を2つ分けて大鳥沢のコルに至る支流に入る。支流に入ると小滝が続く。8m滝を草付きと灌木を繋いで左岸を巻く。巻きや登攀がちょっとずつ嫌らしく、ここが南会津ではなく越後であることを感じさせられる。5段25m滝の直登に取り掛かるも、最上段で滑落して負傷(打撲、脳震盪)。一旦お茶を沸かして落ち着き、ハーケンを打って懸垂下降で戻る。普段なら巻き下りてしまう滝も念を押して懸垂下降で下り、御神楽沢をゆっくり下って泣沢へ戻った。


今回の滑落負傷は2段階に分けられる。
1つ目、10時30分頃(だと思われる)。歩行中に大きな石が浮石であることに気付かず、上に乗ってバランスを崩し、着地を誤って右股関節を負傷した。しかし、違和感レベルだったので 、そのまま歩き続けた。
2つ目、11時50分頃。5段25m滝の最上段を登攀中、ステミングのムーブを行った際に右股関節にピシッと痛みが走り、体勢を変えようと掴んだホールドが剥がれ、4m程度滑落した。その際、最後の足掻きでボディフリクションをかけようと壁に身体を寄せたが、その際に顎を強打して脳震盪になった。着地の際、うまく衝撃を流したが、そのまま転倒して沢底の石に右頬を打撲した。
負傷の顛末は以上である。
御神楽沢を下りながら、虚ろな脳みそに実に様々な感情や思考が交錯した。あまりにも惨めなのは変わらない。だが、山へ向かう動機、山で動いた素直な心の動き、山で思考したこと…山にいた自分に嘘はつかない、と決めている。建前としては自分の忘備録のためだが、御神楽沢を下りながら考えたことをここでぶちまけようと思う。

山にブン殴られた。そう思っている。
未丈ヶ岳は毛猛連山の女王様だと思っていた。南会津から拝む未丈の山容は、翼を大きく広げて佇む鷲の姿にも、女王様のロングスカートのようにも見える。いや、お前、ガンコ親父だったんだな。しかも鉄拳制裁とは…。お前が履いていたのは武士の袴だったか…。
9月から10月にかけて、計画していたはずの山行を4つもキャンセルを食らった。いずれも仕方の無い理由で、ただ運が悪かっただけだったのだが、沢のベストシーズンなだけに、落胆した。考える毎に、元々偏屈な思考が極まっていった。
ここ半年くらい、山に行く仲間の問題について、思案し続けていた。このブログの主要登場人物たるカミムラの山行回数ブッチギリ2トップは、限界突破ガールことYurikamomeと、ゴリラ(只見町在住)であるが、Yurikamomeは、昨冬、東京の某マンモス山岳会に入り、反応が薄くなってしまった。ゴリラはそもそも気まぐれな類人猿なので、気が向かないと来てくれない。
3月に入った会津山岳会の面々とは、山域の趣向はバッチリハマっているものの、(こんなこと言うのは傲慢だと分かっているが)レベルや目標の面で隔たりを感じていた。
「どいつもこいつも俺の優先順位が低い」と、見下げ果てた思考になってしまっていた。いや、非常に不遜なのだが、自己評価が低くプライドだけ高い僕みたいなクソ野郎は、時たまそんなことを思ってしまう。見返りが欲しいのかもしれない。ただ、それは山ヤとしては最悪だ。山ヤなら、自分の状況は自分で打開しなければならない。
俺は明らかに意地になっていた。「誰も俺と山をやってくれないなら、独りでやるからいいよ」「そういうことならやってやろうじゃねえか」そんな気持ちでいた。
嘘はつかない。俺は本当は俗っぽい人間だ。極めて現代的で、俺がそうなりたくない人間だ。いつだって他人の目線を気にしている。承認欲求の塊だ。そうでなければこんな写真だらけのブログを投稿しないし、いちいちインスタグラムにBGMを付けて投稿したりしない。
本当は分かっていた。そもそも、俺は独りが大嫌いだ。孤独が何よりも嫌いだ。寂しがりで怖がりで偏屈な臆病者だ。ふとした時に、圧倒的な自然に押し潰されるような感覚に襲われる。俺なんかが独りで自然を制圧できるわけがない。だから大事な仲間と山に行き、仲間と同じ体験を共有して、仲間と充実感を味わい、仲間と笑い合いたい。紛れもない本音だ。
現代の登山は、事前情報と人的資源を如何に遮断しているかが評価される。承認欲求の塊みたいな僕は、他人に評価されたい。でも、僕は孤独が大嫌いなのだ。解消しがたいジレンマだ。
先週の帰りの車の中の会話を思い出した。Yurikamomeは僕に、「ひとりで沢に行くのはやめなよ…」と、(多分)純粋な思いやりからそんな言葉をかけてくれた。ちなみに、彼女は僕と最もロープを結んでくれているのにも関わらず、全く灰汁の無い素晴らしい山ヤである。対して偏屈なカミムラは、「そうだねぇ…」なんて言いながら、内心「なぜ俺が単独で沢をやる羽目になっているのか理解できないのか?」「俺だってできれば単独で行きたくないんだが?」「己は俺に山に行くなと言いたいのか?」と理不尽にイラついていた。彼女は僕の性格をよく分かっているから、(多分)僕の身を案じて忠告してくれたのだと本当は分かっている。
人が捕まらないのは人を選んでいる自分が悪い。自分の状況を自分で打開できない山ヤなんて雑魚だ。それでも、俺は所詮意地汚い猿だ。どうしようもないほど偏屈でプライドが高いのだ。それに、人を待っていたら行きたい場所は逃げる。山は逃げない?戯言だ。
我ながら俺はなんて酷い奴なんだ、と思うのだが、彼女の(多分)優しい思いやりは、結果的にカミムラの胸の奥底で燻っていた意地という炎を、猛火に変貌させることとなった。見下げ果てた他責思考、今思うと唾棄すべきクソみたいな考えだった。
僕が9月を単独でやり抜こうとしたその動機は、明らかに負の感情だった。負の感情をエネルギーにしてはいけなかった。分かりきっていたことだ。こんな感情をバネに山に行ったところで、何か良い未来が待っているはずがない。一種の反骨精神のようなものだから、確かに一瞬の力は出せるだろう。だが、ふと我に返った時、そのエネルギーは持続しなくなってしまう。あまりにも惨めでくだらないからだ。
帰れるような状態だったから良かった。本当に良かったと思う。別に、強がる理由なんてない。かすり傷なんて思わない。むしろ、精神的に傷を負った。
もしこれで死んでいたら、俺はこんなくだらない理由で死んでいくのかと、絶望感に苛まされて目を閉じる羽目になっただろう。
未丈ヶ岳は、反抗期の息子みたいなバカみたいな俺を、容赦なくブン殴ってくれた。
親父にぶん殴られて、親父の前で自ら進んでメソメソ泣くような息子はいない。正直なところ、時折泣きそうになりながら下りたが、山を下りるまでは感情を抑え込んだ。
御神楽沢を下りていく。僕がどうなろうと、癒しの流れは変わらない。なんて穏やかな流れなのだろう。だが、こんなのは残酷な子守唄だ。いつもなら安らぎしかないせせらぎの音が、今日だけは耳を塞ぎたくなるような音だった。惨めに敗退するには、あまりにも穏やかすぎるのだ。
頭痛を携え、フラフラと泣沢の駐車場に戻った。
泣沢には沢ヤの車が3台止まっていた。まあ、全部知り合いのPTだから沢ヤだと分かるのだが、「コイツらよりよっぽどこの山域を愛しているのに、なんで俺だけが独りでこんな惨めな結末を迎えなきゃならないんだ?」と未だに考えている自分に反吐が出た。それでも捻くれた単独野郎の僕は、パーティーで楽しい沢登りをしている人たちを想像すると妬ましくて仕方が無いので、爆速で着替えて車に乗り込んだ。
小出の街へ向かう。シルバーラインの長いトンネルを抜けると、夕暮れ前の太陽に照らされて輝く、黄金色の越後の山が見えた。残酷なまでに美しい光が、眼球に飛び込んできた。矮小な自分がどうなっていようと、山は容赦なく、ただいつも通り静かに聳えている。今はその光は余りにも美しく、神々しく、そしてとても痛かった。少し、視界が滲んだ。
山に余りにも失礼だった。山は遊びだ。生命を懸けた遊びなのだ。生命を懸けて遊ぶならば、楽しみ尽くさなければならない。
もう、独りで自分の力を試したり、見せつけたりするような、そんな山はやらないだろう。怖くなってしまった、というのが本音だ。まあ、1年前くらいの感覚に戻ったのだが、ここ最近の方が正常では無かったのだろう。ちょっとばかり登れるようになって、ちょっとばかり体力も付いたせいで、調子に乗りすぎていた。山の前では、どうしようもないほど謙虚であるべきだった。そうあるべきだと、分かっていたはずなのに…。
今は大切な仲間たちと、山に行きたい。正々堂々と山に向き合い、山を楽しみ尽くしたい。
いつもの暇つぶし場所、只見町ブナセンターの図書室で、この反省文を書いている。あぁ、山に行きてえなあ。昨日落ちたばっかりだというのに、やりたい山の事が浮かんできて仕方ない。俺はどうしようもなく山が大好きだ。
そういえば、高校生の頃、担任の国語教師に「お前反省文書くの上手いな」と、なぜか褒められたことがある。ちなみに、僕が文章を書くことが好きになった、ひとつのきっかけの言葉でもある。先生、僕は未だに反省文を書くのが上手いですよ。多分。

コメント
拝読しました。短期間でこれだけの書き物が上がっていること自体、大きなイベントだったというあらわれですね。
単独、うまくいかない相棒探し、山岳会、他人の目、山域への愛etc…重なる感情・状況がめちゃくちゃ多く、面白くも辛くも恥ずかしくもなるいい文章でした。ありがとうございます。
カミムラさんは拗らせで偏屈だと思います(すごい失礼!)が、それでいいと思います。山に対してこだわりがなかったら、主体性もクソもなくいわゆる”登山客”ですから。難しい所に行こうが何しようが、悪かったけど行けました〜キラキラなんて。はい。
駄文、失礼いたしました。
まずはお大事にしてください。心身共の復活、待ってます。ぜひ南会津周辺のを教えてください。私もいつか日高をば。